「なんか仕事ないですかね?」
お金稼ぎに執着する24歳ダンス講師が奮い立つ理由

普通と少し違う人生を走るアンダー25を追う「12人のイナセなわたしたち

3人目となるゆかりちゃんとは、夏真っ盛りの新宿で出会った。

アイドルのダンスレッスンを担当する24歳。振付されたダンスを、人前で披露できるレベルにまで引き上げる仕事だ。まずは、お仕事中のレッスンスタジオにお邪魔した。

今回レッスンにお邪魔したハッピーくるくるの2人は、朝から晩まで過酷なレッスンを重ねている。

ゆかり、24歳アイドルのダンス講師の場合

お邪魔した小ぶりのスタジオは、私とカメラマンが入ったらもうギュウギュウ。そこでは、ゆかりちゃんの教え子であるアイドルユニット“ハッピーくるくる”の2人がノンストップで踊っている。

「もっと真剣にやってくれない? 同じことを2度は絶対言わせないで」

ゆかりちゃんからの厳しい言葉にひるむことなく「はい!」と笑顔で食らいつくアイドル。彼女たちのひたむきな姿があまりにも眩しくて、見てるこちらも思わず笑みを浮かべてしまう。

さてさて楽しくお話しようかしら、とゆかりちゃんご指定の昭和歌謡居酒屋に腰を落ち着けると、我々とは明らかに温度差があるゆかりちゃんからの猛アピールが待っていた。

「ちょっと、この企画書読んでもらっていいですか? これ絶対実行したいんですよ。てかなんか仕事ないですかね?」

“恋愛を絡めたヒッチハイク企画”や、“芸能人に体当たりで結婚をせまる企画”など、自分をネタにした企画書がどんどん机に広げられる。

「ひとまず乾杯させてくれよ!てか営業するなよ!」と、ツッコミを入れてもめげずに企画書を広げるゆかりちゃん。「分かったよ、なんか考えてみるよ!」とその気もない前向き発言を伝えると、ニコっと笑って乾杯につきあってくれた。
猛烈な盛り上がりを見せた飲み会の、空気よ伝われ。

踊り狂う少女が今求めるのは、金

神奈川県で育ったゆかりちゃんは3歳からバレエを始め、物心ついた時にはもうテレビに映るアイドルを真似して踊っていたという。

踊ることに意味なんてなくて、私にとって最高の暇つぶしだったんですよね。もう、暇さえあれば踊ってた。今も、暇さえあれば踊ってます」

そんな、ダンス講師らしいエピソードに思わずほっこりする。でも実はゆかりちゃん、ダンス指導だけで生計を立てているわけではない。

「子役への演技指導もやりますし、女優業もやるし、WEBバラエティに出たりもしますね。お笑いライブのMCもやったり、あと自分で企画してイベントもしたり」

「コラムも書きたいんですよね、なんかコラムの仕事ありません?」と気軽に言ってくるその感じが、あまりにも軽い。
どうしてそんなに色々やりたいの? と聞いてみた。

とにかくお金持ちになりたいんですよ。とにかくめっちゃお金を稼ぎたい

は? お金持ち?

いやいやいや、芸能関係を目指す子は、もっと“○○って作品に出たい”とか“有名になりたい”とか夢語るんじゃないのかよ!

「有名になることって全然興味ないんですよ。有名だからってしょうもない人をたくさん見て来ましたし。ただ、とりあえずお金を稼ぎたいんですよね」

ほお…とよく分からない相槌を入れてしまう。

「誰かにお金かっさわれても大丈夫なくらい、お金稼ぎたいっすよ。私、絶対お金稼ぎたいんすよ」

誰にもかっさわられないでしょ、と軽くツッコむと「いや、かっさわられますよ」と笑いながら答える。そして、「お金を稼ぎたいお金を稼ぎたい」と連発する。
そう、人の考え方には面白いほど幼少期が関係している。ゆかりちゃんのその発言にも、完全に幼い頃の影響があった。

「家族ってくだらねー」父の葬儀にも行けなかった

姉と2人姉妹で育ったゆかりちゃん。5歳の時に、友人の連帯保証人になっていた父親が大借金を背負い、一家は崩壊。心中騒ぎにまでなった後、家を出ていく母親の方について行った。当時まだ、小学生。

でも本当は父の元に居たかったゆかりちゃんは、「高校生になったらお父さんの元に行こう」と思うも、中学校1年の時に父親がまさかの急死。その葬儀にも、父親の実家の反対によって出席させてはもらえなかった。

「結局他人なのに、縛りだけ作って、家族ってくだらないなーって思いましたよね

だからゆかりちゃんは、理想の家族像を持っていない。結婚願望もなければ、“家族”と聞いて思い浮かべる確固たるイメージもない、という。

「万が一結婚するとしても、そういう企画でやりたいですよね。入籍の日にイベント打ったり。そういうのお客さん来ると思いません?」

自分の全てを、ネタに繋げるゆかりちゃん。そして二言目には、「お金を稼ぎたい」と連呼する。幼い頃に受けた、“突然家から金が消えた衝撃”は彼女の中に深く深く残っている。それは、理屈ではない。

仕事は、好きでないとダメ

「そんなにお金稼ぎたいなら、もっと稼げる業界に行けばいいんじゃない?」
彼女がそんなにエンタメ業界に固執する理由が分からず、問うた。
エンタメ業界はあまりにもリスキーだ。ゆかりちゃんだって今仕事で食べていけていると言っても、ギリギリの生活だ。だったら、もっと稼げる業界に行けばいいじゃない。

でも私、好きなことでしかお金稼ぎたくないんですよね。それはマストなんですよ

迷いなくそう言い切るゆかりちゃん。そう、お金を稼ぎたいのは間違いないけど、嫌いなことはしたくない。反対に、好きな仕事じゃなきゃお金を稼ぐことはできないと、ゆかりちゃんは考えている

好きだからやる仕事って、実は一番責任持ってできると思うんですよ。仕事だからやる仕事って、結果的にすごい無責任になったりするから」

しっかり責任持ってお金を稼ぐためには、好きな仕事じゃなきゃダメだと、ゆかりちゃんは言う。好きじゃない仕事はどこか「ま、いっか」が発生しやすい。でも、好きな仕事なら妥協もしないしどんどん高みを目指せる、と。
「でもさ…」と私は思わず自分の考えを伝えた。「それだけ猛烈に“好き”にこだわるのって、何か理由があるんじゃないかな」と。

お金を稼ぎたいという思いは、すごくよく分かった。でもそのために無節操なまでに営業を繰り出すその行動力の源には、もっと彼女自身も気づいていない衝動がある気がした。自分自身でも向き合ってない何かが、ある気がした。

「そっか、子供たちの逃げ場を作りたいのかもしれないですね。私が、ダンスに救われたから」

一緒にしばらく考えたのち、ゆかりちゃんは信じられないほどに繊細な口調でそう言った。次の言葉を待った。

「エンターテイメントって、そういう力があると思う。目の前のことに夢中になれて、逃げ場になってくれるから。」

何からの逃げ場なんだろう? と尋ねたら、「現実…」とぼつり呟いた。
彼女が生い立ちから影響を受けたこと、それは「お金が無くなるのが怖い」なんて言葉だけじゃない。一番受けた影響は、「現実は辛い。現実だけでは救われない」という譲れない実感であるように思う。

ゆかりちゃんは、24歳という年齢からは考えられないほどに、随所で家族の悪口を言っていた。“愛情の裏返し”では片付けられない突き放した口調で、特に母親への恨み言を繰り返していた。

恵まれて育った人たちは、ついつい「家族を愛することは当然のこと」と捉えがちだ。
でも、本当に心の底から、家族を大事に思わない人もいる。ゆかりちゃんにとって幼い日々は、あまりにも厳しい現実だった。
そこからの逃げ場所になったダンスというエンターテイメント。ゆかりちゃんも、どこかで苦しむ子供達に向けて、エンターテイメントという場を提供したい。でもそれを説明する言葉を見つけられないから、「好きなことをやりたい」という言葉にすり替えているのではないだろうか。

「でも私は、一点集中でものすごく努力する才能とか無いんですよ。今も、若い子がゴリゴリ営業してくる物珍しさで仕事が取れてるだけで。でもそれしかないから、とにかく“なんでもできます!”って言って、手広くやっていきますよ」

エンターテイメントに絶対関わって行きたいけれど、そこで天下を取るような人間ではない。だからこそ、小さな仕事にたくさん関わって行く覚悟。

きっとゆかりちゃんは、エンターテイメント業界で何か1つ飛び抜けることはないだろう。何か1つで飛び抜けるには、こだわりが無さすぎる。そして、考えが深いわけでもない。
でも、お金を稼ぐ気はする。勢いがあって、マメで、「あ、あたし、それできる!」と大声で表明しまくる人のところには、確かに仕事が集まる。それは「誰でもいい」仕事かもしれないけど、「誰でもいい」仕事も、一度受けてしっかりやったら、その人しかできない仕事になっていくから。

「恋愛なんてネタにしか思ってないですよー」と、恋愛話にはほぼ花が咲かなかったゆかりちゃんとの宴。家族とか恋愛とか、そんなものは彼女を奮い立たせてくれないのだから当然だ。

「お仕事くださーい。そらみさんと絶対一緒に仕事したい!」と最後に何度も営業されて、楽しい時間は終わった。

幼少期の自分の思いに駆られ、そして“あまり才能がない自分”への諦めもあいまって、誰彼構わず、ガンガン営業しまくるゆかりちゃん。気持ちが良いほどに、無節操な若者。いいじゃない、それで。
少なくともきっと、そうやって動き続けることで、何かが変わってくいくから。
暑い暑い夏の盛りに、笑ってしまうほど元気でオープンな彼女に出会った。なんだか、応援したくなった。


全然予測がつかないこちらの連載、まだまだ続きます。

どれくらい無節操になってあなたは生きたいですか?

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